異文化コミュニケーション

日タイ交流大使(自称)

何をやりたいかって質問は結構むずかしい説

f:id:llcpastel:20180126234555j:plain自分のことって意外にわかってないなーって思う今日この頃。

 

「はい、今日から自由です」って言われたら何しますか?

仕事もしなくてもいい、これからは好きにやっちゃってくださいって言われたらどうします?

この質問にピシッと答えられる人って多くないと思うんですよねー。

自分も含めて。

 

普通に生きていれば、誰かの言うことを聞いて育つんですよ。

特に優等生タイプのいい子だと。

誰かのためにとか、立派な大人になるためにって言葉に縛られて他人の言うことばかり聞いたりして。

自分もそうでした。

 

言われたことがうまくいったりすると褒められて、これで正しいんだって思ってループにはまる。

要するに本当に脳みそ使って考えてなかったんです。

自分のことなのに考えてなかったんです。

言い換えるとそれは、自分の人生の責任を他人に押し付けていたのと同じ事。

 

フリーランスになってかなり困りました。

いや、現在進行形で困ってます。

これは完璧に迷子ですよ。

もう子どもでもないのに人生の迷子。

自由に仕事していいんだから何でもやればいいのに。。。

 

自分の中にやりたいことはたくさんあると思っていました。

実際にたくさんあるんです!

世界一周、カジキマグロを釣る、ポーカーの大会に出る、台湾に留学したい、ビジネスを立ち上げる、etc

でも、それはどこまで理解してやりたいと思っているのでしょうか。

恐らくすごく浅いレベルで、漠然とやりたいと思っているだけでしょう。

ほとんどの項目でそうです。

 

何をやりたいか考えた時に自然にすらすらとリスト的なものは出てきます。

でもそれは、絶望的に薄っぺらいんです。

 

例えば、台湾留学。

ワクワクします。

今すぐにでも行きたいです。

でも「じゃあ、今すぐ行こう!」とは言えないのです。

何にでも準備や前段階が存在してそれをクリアできる人間だけが目的を達成できる。

ビザに学校の成績証明書、あとは学費に住む家、中国語の試験なんかも必要かもしれません。

現実的にはこういった壁が出てきます。

 

まぁ、本気出せば多分行くまでの準備はできますよ(ホントかよ)。

でも、一歩踏み込んで考えると、心にブレーキがかかってしまうのです。

この段階で「それが本当にやりたいことなのか?」って疑問になってしまいます。

熱が冷めちゃうと言うよりは、これだけ準備して最終的に楽しん出る自分の姿が想像できないのです。

 

と、自分の場合こう言う心理の流れがあり、やりたいことをやるストッパーになっている。

そうすると前述のリストはどんどん消えていって、やりたいこと何だっけ?状態の迷子になるのです。

これが、「自分のやりたいことを聞かれると答えるの結構難しい説

 

でもでも逆説的に考えると、今まで長く続いたものもあります。

それも自発的に始めたものでです。

自分の場合はポーカーや英語、ひとり旅、フリーライターなんかがそれに当たります。

このブログだって今のところ続いています。

 

やりたいことを始めて、それを継続させるって自分の場合難しいはずなんですけど、続けられているものもあります。

それってすごいというよりも自分にしては不自然です。

自発的に始められたことと、足踏みをしてまう物の違いはどこにあるんでしょうか。

 

考えました。

 

多分、要因は2つあります。

  1. 比較的簡単に始めれる環境があった
  2. 始めた段階で何かしらに成功した

 

ひとつめは、交友関係や人脈、経済状況、住んでいる場所など外的環境すべてが関連します。

ふたつめは、なにか小さくてもいいから成功をすると続けるモチベーションになるということ。

この2つの要因がばっちり噛み合うとやりたいことが続けられるのかなとなんとなく思いましたとさ。

 

思ったことをつらつらと書き記しました。

これが正しいかはわかりませんが。この2つの条件を満たす努力をして日々を送れば、自分の領域は広がっていく気がします。

何でもやって、何でも成功できるスーパーマンになってしまうな。