異文化コミュニケーション

日タイ交流大使(自称)

【台湾熱その4】相対性ノーパン理論

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台湾の旅もあと2週間となったころ、僕は風邪をこじらせてしまった。

意外にどこにでも日本製の薬や冷えピタ的なものが売られていて助かった。

 

しばらく家からも出れずに苦しんでいた。だいぶ風も癒えたころ、久しぶりに外に出てみようと思った。

しかし、床に伏して洗濯もろくにしていなかったためおパンツがない!僕は静かに苦渋の決断をした。「そうだ、ノーパンで外界へ出てみよう」

生まれてこの方、僕はパンツを履いていた。いや、ずっとパンツに守られていたのかもしれない。

そして僕はノーパンのまま一歩外に出た。緊張しているのだろうか。いつもより五感が繊細に、鋭く働いている気がする。

コインランドリーまで行かねば。

そう決意してすたすた歩きだす。

外は近くの大学の新学期が始まったため学生たちが行きかう。

上はI♡NYと書いてあるアメリカかぶれの寝巻のTシャツにさっき起きたといわんばかりの寝ぐせ、デコには冷えピタ、そしてノーパンに短パン。

もう誰よりも現地人だ。

というか地元の変質者レベルだ。

旅行者とは誰も思うまい。

学生たちの視線が僕を刺すたびに僕は居た堪れない気持ちになった。

やはりノーパンで外に出ると何かスパイ的な気持ちになる。

絶対に外部には洩らせない大きな秘密を抱え、台湾のパンツを履いた民衆に紛れ込む。

もし、この事実がばれてしまえば僕に待っているのは死だ。

いや、拷問されるかもしれない。

何かしらの辱しめを受けるかもしれない。

後ろめたさと、恐怖をかき消すようにスリルと自分が知らない何かを得る好奇心が僕を駆り立てた。

何とか僕がスパイだという事実が外部に漏れないまま洗濯を終え、乾燥機待ちの時間にお昼ご飯を食べに行った。

お気に入りのレストランで小龍包を頼む。注文は中国語ができなくてももう手慣れたもんだ。

いつも食べているこの小龍包。

 

今日は数倍味がはっきりしている。

やはり自分がスパイだという緊張感からだろうか、味覚が鋭くなっている。僕は日頃守ってくれているパンツという存在を疑った。

いいえ、少し憎みました。

僕らは毎日当たり前のように履いているパンツに制限されて生きてきたのかもしれない。

死が有る為に生が映える。

もし人生が終わらないのだとしたらそのたれ流れる時間なんかに価値はない。それと同じように、ノーパンというスリルが無ければパンツという安心感もない。

ノーパンで外に出て分かったことは、僕は生きているということ。

そして乾燥機が乾燥にかかる30分は刹那ではなく、案外長いということ。僕は生きている。

五感を使って。死に相対的価値を持つ人生で。