異文化コミュニケーション

日タイ交流大使(自称)

【台湾熱その5】僕の細道

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台湾で温泉に入れるとは思っていなかった。

台北市内からメトロの淡水線に乗って20分ほど行くと、新北投という温泉街がある。

駅から出てすぐにある枝垂れ柳が夕日にしっとりと、何とも情緒がある。

 

街の真ん中に温泉が流れる小川があり、街全体から硫黄のにおいが立ち込める。いや、風邪をひいて鼻が詰まっているので正確には硫黄のにおいがするような雰囲気がする。

その小川の周りには温泉宿や博物館が立ち並ぶ。

そんな情緒あふれる街を一通り回って露天風呂に行ってみた。さすがに平日の夕方とだけあって、地元のおじさん、おばさんであふれかえっていた。

そこの露天風呂は大きな風呂が4,5か所あって男女混浴で水着の着用が義務付られていた。

日本人的に、水着を着て入るなんてなんかプール感覚だった。

風呂に浸かり周りを見渡すと、まぁおじさんたちの乳毛の長いこと長いこと。

産毛ぐらいは生えているけど、やはり年を取るとそこまで長くなるのだろうか。

あ、一句できた。「夕暮や 乳毛枝垂れる 良き湯かな」

この句はこの温泉地を訪れた”僕”がこの露天風呂の素晴らしさに感銘を受けて詠んだ句だと言われている。

駅前の夕日に照らされる情緒ある枝垂れ柳を夕日に照らされながら垂れる乳毛に掛けてうまく表現してある。

もう一句「夏の湯に 入れど果ては ヒポポタマス」

「枝のように細かった人も、人間最後は重力に負けて、安定性を求めてカバ的な形になる」という個人的理念が強く入った悲しみを詠った句だ。

カバ的な悲しみの裏側として、豊満な完成されたボディーという美の概念も同時に暗示している。

カバ=アフリカ=環境問題という方程式も成り立つため環境への配慮の意もあり、カバは英語でヒポポタマス!と字余りしてでも伝えたかった教育的念も見受けられる。

そんないろいろ詰まった句である。

お風呂上りに飲むポカリと、帰り際に食べた苺大福は最高だった。

そんなこんなでいい日だった。これからもたまに俳句的なものをいきなり詠むかもしれない。